Official髭男dism ライブレポート 「Arena Tour 2024 - Rejoice -」 at 大阪城ホール with GSL
「Pretender」や「ミックスナッツ」のヒット曲で知られるOfficial髭男dismの「Arena Tour 2024 - Rejoice -」が2024年9月28日、29日の両日、大阪城ホールで開催されました。使用されたFOHスピーカーはd&b audiotechnikのフラッグシップモデル(SL-Series)の最上位モデルであるGSL。このシリーズの最大の特徴である脅威の指向性コントロールがもたらすステージ環境とArray Processingによる均一な場内音場。更にこれらによるライブパフォーマンスへの恩恵。実際のツアースタッフによる現場サイドの感想をお伺いしながら、レポートします。【 (株)M&Hラボラトリー 三村 美照】
GSL
今回のコンサートで注目を浴びているのが、FOHスピーカーに採用されたd&bのフラッグシップモデルGSLです。このモデルの特徴は、全再生帯域にわたる指向性の制御技術にあります。一般的にスピーカーの指向性は高音域では制御できますが、低音域では難しいです。d&bのSL-Seriesは、低音域までの全帯域で指向性制御を可能にしました。
モニター音量を下げられる
FOHスピーカーのステージ側への回り込み音量が圧倒的に低下したことは、ボーカルや各楽器のマイクへの回り込みが減っただけではなく、ミュージシャンへのモニター音量、特にインイヤーモニターの音量を低下させる事にも繋がり、各演奏者自身の聴覚保護にも非常に貢献することが期待できます。
Array Processing
d&bのArrayProcessingはd&b ArrayCalc シミュレーションソフトウェアのオプション機能で、目標値を設定し、現状と比較してシステムを制御する技術です。ArrayProcessing はラインアレイスピーカーに適用され、カバーエリアを設定し、音圧偏差や周波数特性を目標値に合わせて調整します。計算はカバーエリア内の受音点ごとに行われ、許容範囲を設けて収束させます。非常に多くの計算が、短時間で行われます。音質優先(グローリー)とパワー優先(パワー)の設定が可能で、大空間で効果を発揮します。また、温度や湿度の変化にも適応し、リモート計測が可能です。リハーサルと本番で状況が変わっても、再計算結果を迅速に反映できます。大型アリーナやドームでは、気温や湿度の変化に対応するため、コンサート中に複数回の補正が行われます。
インタビュー
今回ライブの仕込みの合間を縫って、FOH担当の山本孝裕氏(MSI Japan Agency)、システムエンジニアの河本徹氏(TVS)、モニターエンジニアの古川郁也氏(MSI Japan)にお話をお伺いしました。各氏ともその経歴をご覧頂くと分かる様に現在のライブシーンを担うトップエンジニアの方々です。(インタビュー内敬称略)
三村:では早速ですが、今回のツアーではMSIさんとして初めてd&bのGSLをFOHに用いられたということで、その辺りに焦点を絞ってお話をお伺いしたいと思います。
山本:GSLの好きなところは低域のスピード感です。パワーと余裕があって目に見えるような低音を再現できるように感じます。そして中低域の均一性が一番驚かされたポイントです。これはシステムエンジニアの河本さんの腕かもしれません。
三村:今回のコンサートで一番大切になさっているのはどういうところですか?
山本:髭男の楽曲はジャンルも幅広く、音数も多く緻密な構成ですが、Voの聡さんはリズム、コードの提示を非常に大事にされています。主にはドラム、ベース、ピアノ、そしてボーカルを土台として表現したいので中低域が非常に重要ですが、その部分に余裕があって表現できるのがGSLですね。その土台の上でギター、ホーンセクション、パーカッションなどが踊れるような音作りを目指しています。
また、ミックスに関して一番大事にしているのは周波数バランスです。トップボックスをフルレンジで音楽を成立させられるようなミックスを目指しています。
三村:ということはトップボックスの下は伸ばしっぱなしですか?
山本:はい。大きい会場ではサブウーハーに頼りすぎると色々な音をマスキングすると思っていて低音過多にならないように意識しています。またお客様はエンジニアが思っているよりも重低音を求めていないと私は感じています。今回もサブウーハーのレベルを下げてGSLの低域をしっかり鳴らすようにしています。逆にスネアドラムやピアノ、ボーカルでもお腹に響くようなミックスを目指しています。一般的なフェスではAカーブで100dB、Cカーブで115dBの基準が多いですが、自分はそこまで差が出ない様にしています。
三村:Cカーブに比べてAカーブは低音域の感度が低いですからね。
河本:今回はCで110dB辺りですね。
三村:レベルは結構気にされているのですか?
山本:マスターのメーターとAカーブは常に監視しています。卓席も毎回違いますし、体調によって聞こえが違うときもあるので習慣化しました。音量感に関してはチームやマネージャーにも都度確認するようにしています。
三村:GSLの特徴である後方のキャンセリング効果は如何ですか?
山本:私がGSLを導入したいと思った一番の理由はキャンセリングに関してです。ライブのステージ上は過酷です。常に照明に照らされ、暑さの中、PAスピーカーからの振動、回り込みの中でパフォーマンスをされています。この先長くライブを続けていく上で、何としても良い環境を作っていきたいという堀江マネージャーの呼びかけでGSL/SL-SUBを選びました。(下記「モニター環境の改善」も参照下さい。)結果は信じられないくらい静かで、シンセベースなどの重低音も気にすることなく攻められます。唯一無二だと思っています。
三村:他社にもプロセッシングしているものはありますが、何かそれらに違いを感じますか?
山本:低域の均一性が優秀だと感じています。横、斜め、後方などムラのなさに驚かされます。また、反射を処理するときにGSLはより細かく調整できると思います。それも河本さんの腕ですかね。
<チューニング・反射音処理>
三村:会場でのチューニングの確認とかはどの様にされているのですか?
山本:河本さんにザッとしたチューニングをして貰って、EQよりも先ず反射の状況やサブの状況を確認して、気になる反射音があればそれを取ってもらって、それから徐々に大きな音にしていくようなやり方をしています。
三村:反射を取るのはどの様にされているのですか?
河本:仮想の壁を作って、APでその壁を反射させないような設定にしてカットアンドトライで消して行きます。更にこのソフトではエリアを3分割して各エリア内の減衰量を個別に決められるので、ベニューを細かくするほど細かな設定が出来ます。
山本:それに関連してですが、幕張メッセや名古屋のスカイエキスポなどの展示場は床がコンクリートで、完全には消えないものの反射の収まり方が他の現場と全く違ったらしく、ライブのプロデューサーはびっくりされていましたね。
<モニター環境の改善>
三村:次にモニターマンとしての古川さんにお伺いしますが、従来のスピーカーと比べてどの様な印象ですか?
古川:GSLは凄くやり易いですね!ステージ上へのLowの回り込みが極端に少なく500Hz以下のモヤッとした状態がないのでモニターの音が非常に作りやすいです。
三村:モヤッとしたというのはどの様な部分ですか?
古川:従来も同じ様にSubをステージ前に並べて使う時があり、上からも下からもLowが回って来て凄く悩まされてきたのですが、それが極端に減りましたね。
三村:スピーカーが変わったことでメンバーから何か反応はありましたか?
古川:以前はステージの床鳴りが凄くて、シンセベースの曲などでは歌えないので途中で止めて助けを求められたりした事があって、その為にピアノの下の床に鉄板を入れているのですが、今回はその様な事が全く無いですね。
三村:床鳴りが無くなったということですか?
古川:今は一切無いですね。だからメンバーとしても非常にやり易くなっていると思います。
三村:床鳴りの原因はサブではなかったのですか?
古川:前のシステムで一度サブを切ってみたりしたのですが、FOHからの回り込みの方が多かった時もありましたね。
三村:その時のサブはクロスオーバーさせていたのですか、それともプラスサブでしたか?
古川:どちらも色々と試したのですが、何をやっても同じでした。
三村:その時は結局どうされたのですか?
古川:メンバーからはフロントが犠牲になるなら諦めると言われたのですが、結局歌えないのでフロントを少し犠牲にしました。そう言えば、今回はその様なネガティブな会話が無いですね!(笑)
三村:入力は120ch余りと言うことですが、インイヤーの出力は何ch使用されているのですか?
古川:13chです。入力に関しても、これだけ多いと特にパーカッションなんかはアクリルがあっても回り込みが凄いのですが、今回はそのインプットが邪魔されないのが良いですね。
三村:他にモニターとして従来と変わったことはありますか?
古川:インイヤーのレベルが下がりましたね。今まではステージ上の音圧が凄かったので、それに勝つためには音量を上げるしか無かったので、「もっと!」と言う会話になるのですが、今回はその会話自体が無いですね!
三村:耳にも優しくなったということですね。
古川:上げ過ぎると耳が辛いし上げないと聞こえないというギリギリのところでやっていたのですが、GSLになってからはそんな会話が出てこなくなりました。
山本:コロガシもしっかり聞こえてますよね。彼はたまイヤモニを外す時があるのですが、その時でも大丈夫だと思います。
<ArrayCalc、Array Processing>
三村:他に何か変わったという印象はありますか?
古川:今回のツアーではステージ上にいて会場からの反射の感じがどの会場もあまり変わらない気がします。いつもなら前の会場の福岡マリンメッセと今回の大阪城ホールでは随分感じが変わるのですが、それが今回はより少ない気がします。
三村:それはシステムエンジニア的には如何ですか?
河本:壁の反射を少なくするようにArrayProcessing の設定を行っているので、それが上手く行っているのかなと言う感じです。
三村:ArrayProcessing をかなりお使いになっている様ですが、実際にお使いになって随分違いますか?
河本:全く違いますね。会場が広くなればなるほどその効果があります。ArrayProcessing を使うようになってから自分のやりたいことが出来る様になったかなと言う感じです。特にグローリーとパワーのスライダーがあるのですが、これの使い方がキモだと感じます。(グローリーとパワーは前述のArrayProcessing説明文参照)
三村:今回はどの様になっているのですか?
河本:より均一に、更にハイも延ばしたいと言うことでグローリー寄りになっています。これの1ステップで随分変わるのですよね。
三村:ArrayProcessing を行う前のArrayCalcの方はいかがですか?
河本:ベニュー(会場形状)の入力が少し大変なだけで、それが出来てしまえばアライメントまでやってくれるのでArrayCalc通りに仕込めていれば現場での修正は殆どすることがないです。実際、アライメント等はここで測りなさいと指示が出るのですが、殆どその通りになっています。あとは音を聞いて微調整するだけです。もしその通りになっていなければベニューの入力が悪い・・・(笑)
三村:そこまで信用されているのですね。
河本:はい。本当に信頼性が高いと思います。
三村:今回のサブはどの様な設定ですか?
河本:少し狭めにしています。今回は90度の設定です。狭くすることでステージ側へのキャンセリングが更に効いていきます。
<温度湿度管理>
三村:温度や湿度に対してはどの様にされているのですか?
山本:河本さんがリアルタイムで対応してくれていて、助かっています。切り替わるときに少し音が途切れますが、曲間で対応してくれています。
河本:はい、本番中対応しています。5℃、5%変わると音が変わりますからね。
山本:去年の秋から冬にかけてのアリーナツアーで11月の末から乾燥してきて、湿度が20%を切る時があって、20%の設定を入れるとアンプにクリップが入るようになりました。乾燥は喉やパフォーマンスにも影響があるので、サウンド面、環境面から業務用の加湿器の導入を提案し検証させてもらったことがありました。その結果、2月に湿度が40%くらいに上がってアンプのクリップも無くなり凄く音が良くなった事がありましたね。
三村:湿度20%辺りが最も空気の減衰量が大きいですからね。特に高域では。
<仕込み時間>
三村:話しは変わりますが、仕込み易さとかは如何ですか?
河本: かなり仕込み易いです。各モジュールの角度をセットして真っ直ぐな状態で吊り上げ、その後、後ろ側を絞るコンプレッションタイプなので。
三村:仕込み時間も短くて済む?
河本:普通片側1時間ほど掛かりますが、これは両側で1時間で出来ますね。
三村:仕込みが早いとバラシも早い?
河本:メチャ早いです!もう終わったの?って言われます。
三村:アンプラックはいかがですか?
河本:アンプラックも楽です。台数が少ないのと配線がイーサと電源だけなので。それと、卓から直接アンプに繋がっていて途中に何も入ってないので、これが音の良さに繋がっているのかなとも思います。
三村:今回の電源はどの様な仕様ですか?
河本:3Φ4Wの230Vです。ラックへは5ピンのCeeFormを接続するだけです。
山本:あと、これ重要だと思うのですが、d&bってリギングの方法やアンプラックとかが共通している部分が多いので、シリーズが違っても現地さんに助けてもらう時にも問題ないですしし、トラブル対応もしてもらい易いです。
河本:各金具の考え方が一貫しているのでどれも同じように使えますから。
三村:なるほど!今回はお仕事中にも関わらず色々と参考になるご意見を有り難うございました。
終わりに
インイヤーモニター全盛の中にあって、その音量を下げることを可能にしたGSLは、エンジニアのみならずアーティストにとっても多大なメリットがあると思います。更に、この様なステージ環境やモニター-環境の大幅な改善はアーティスト自身のパフォーマンスの向上に繋がり、結果として来場された観客の方々の満足度の向上にも直接反映されますよね。GSLの様なスピーカーが今後のライブサウンドの新しい方向を示しているのでは無いかと強く感じた事をお伝えして、このレポートを終わりたいと思います。
山本孝裕(やまもと たかひろ) / FOHオペレーター
所属:株式会社エムエスアイジャパンエージェンシー。経験年数:13年
現在担当ミュージシャン:back number、Official髭男dism、BE:FIRST、Nissy
河本徹(かわもと とおる)/ システムエンジニア
2001年 (株)トレジャーアイランド入社
2023年 (株)TVS設立
現在d&b Soundscapeのスペシャリストとして活躍中。
古川郁也(こがわ ふみや)氏 / モニターオペレーター
所属:株式会社エムエスアイジャパン東京。経験年数:10年
現在担当ミュージシャン:Official髭男dism、Conton Candy